わたしが思う  ADHD(注意欠陥多動性障害)

 

 今 この文章を読んでくださっているお母さん こんな経験はないですか?

 

・自分が子供の頃は聞き分けがよく 親を困らせるようなことはしなかった

 

・大人たちの期待を敏感に察知し それに応えることが当たり前だった 

 

・大人になっても 周囲の人たちに「いい人ね」「ありがとう」と言われて嬉しかった

 

・何かに尽力して達成感や充実感があるのは確かだけれど 後でドッと疲れてしまった

 

・誰かに何かをしてあげるのは得意だけれど 人を頼ったりお願いをするのは苦手

 

 

上記に書いたことは 私も含め

ペアレントトレーニングで出会ったお母さんたちに多かった傾向です

 

今までたくさん 自分のことよりも人のことを優先して尽くしてきた

誠実ながんばりやさんが多いと思います

 

 

これまで生きてきた中で家庭環境や学校教育などで教えられ 

なんの疑問も持たずに取り入れてきた常識や一般論がありますね

 

ADHDのお子さんを持つお母さんは

そのような常識や一般論を「規則やキマリ」として

しっかり守ってきた方が多いのではないでしょうか?

 

ですが反面 

「自分はこういう人間だ」「このように生きていきたいんだ」

という「わたし」というものを心の中にしっかり持っているのでは?

 

心の中では本当は 好き嫌いも白黒もハッキリしていませんか?

 

 

「でもそんなこと 規則やキマリで許されない…」

「本当はこうしたいけれど 出来ない…」

 

心の中にこうしたギャップのある「ふたりの自分」がいる時

目の前の出来事を「問題」や「違和感」として感じるのだと思います

 

 

お子さんがADHDとして問題提起をしてくれているのは

 

「ママ ちょっと止まって!」のとてもわかりやすいサイン

 

 

子供は ADHDを通じて 問題や違和感を体感させて

 

「ママ もうその生き方変えようよ 自分の生き方に変えて大丈夫だよ」

 

と教えてくれているのだと私は解釈しています

 

 

生き辛いほど敏感で純粋で真直ぐなADHDの子供たちは ”自分”をちゃんと知っていて 

 

「本当の自分の気持ちを大事にしようよ!」

 

と 常識や一般論で感覚を鈍らせてしまった私たちに伝えてくれていると感じるのです

 

 

 

私は直感カードリーディングをしていますが 

息子のADHDの経験が原点です

 

 

子供のADHDはギフト

 

本人とお母さん そして関わる周囲の人々が

これまで正しいと信じてきた価値観を改めて見つめ直し

子供たちが体現して見せてくれているように

感じるまま 自分の本当の思いに素直に正直に自由に生きること

 

ADHDに関わる体験は

自分らしさを取り戻すキッカケ」になっている 

 

と思っています

 

 

 

参照:子供の不祥事 不登校 病気の源にある思い

 

 

 

 

ブログには当時の私の体験談を詳しく綴りました

 

 

発達障害 ADHD

 

 

 

主に息子が7、8歳頃の日記

 

息子の体調不良 いじめ 不登校 児童精神科受診など

 

 

ADHDボーダー息子の子育て日記

 

 

 

児童精神科受診後 担当医の先生に勧められて受講

 

息子は何も変わる必要がなく  大人(母親)が変わればいいのだと知りました

 

 

ペアレントトレーニング記

 

 

 

息子が20歳を迎える時に これまでを振り返り

息子の思いと私の思いをもう一度みつめてカルタを創りました

 

 

ADHDハートカルタ

 

 

ADHDハートカルタ一覧 あ・か行

 

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ADHDハートカルタ一覧 な・は行

 

ADHDハートカルタ一覧 ま・や行

 

ADHDハートカルタ一覧 ら行~ん

 

 

 

 

その他

 

ADHDと認知症の共通点